甲状腺とは
甲状腺は、どぼとけのすぐ下にあり、気管を取り囲む形で位置する内分泌器官です。成長や代謝を促進するホルモンを生産し、その分泌が乱れると多様な身体症状を引き起こすことがあります。正常の甲状腺は触ってもその存在を感じることはありませんが、腫れると手で触れるようになります。
甲状腺ホルモンの働き
甲状腺ホルモンは、食物(主に海藻)に含まれているヨウ素を材料に作られます。新陳代謝を促進し、成長や発達、生殖機能に欠かせないホルモンです。心拍数の調整、体温の調整、消化管運動の促進、骨の代謝を促進するなど重要な役割を果たしています。
バセドウ病
バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に生成されることによる甲状腺機能亢進症の代表的な病気です。新陳代謝が活発になり、全身に様々な症状が現れます。20〜40代に好発し、女性が男性より3〜5倍多く、女性にとっては決して珍しくない疾患です。
原因
自己免疫反応により、甲状腺が異物と認識され、甲状腺を刺激する自己抗体(抗TSH受容体抗体、TRAb)が生成されます。これにより甲状腺膜上の受容体が持続的に刺激され、過剰な甲状腺ホルモンが分泌されて病気が発症します。
明確な原因は特定されていませんが、遺伝的要因と環境要因(外傷・感染・ストレス・妊娠・出産など)が関与しているといわれています。
症状
バセドウ病の代表的な症状として、甲状腺の腫れ、動悸、眼球突出の3つが古くから知られています。しかし、甲状腺ホルモンの過剰分泌によって、これらの症状以外にも様々な症状が現れます。
甲状腺のホルモンが過剰な場合に
起こる主な症状
- 体重減少
- 動悸
- 頻脈
- 息切れ
- 発汗過多
- 暑がり
- 微熱
- かゆみ
- 食欲増進
- 口の渇き
- 軟便・下痢
- 神経過敏
- イライラ
- 不安感
- 落ち着かない
- 睡眠障害
- 疲労感
- 手指の震え
- 脱毛
- 眼球突出
- 首の腫れ
- 月経不順
- 不妊
診断
バセドウ病は、特有の症状や血液検査、超音波検査を通じて診断されます。血液検査では、甲状腺ホルモンの値や甲状腺自己抗体(TRAb、TSAbなど)の存在を確認します。超音波検査では、甲状腺の大きさや血流を評価します。また、不整脈や心不全などを引き起こすことがあるため、胸部X線検査や心電図を用いて心臓の状態を評価します。さらに、必要な場合は高度医療機関でシンチグラフィ(核医学検査)を受けることを推奨します。
治療
バセドウ病の治療には、薬物療法、アイソトープ(放射性ヨウ素)治療、手術療法があります。基本的には薬物療法(抗甲状腺薬の内服)から開始しますが、治療経過や病気の状態によっては他の治療法を検討します。
抗甲状腺薬内服
バセドウ病の基本的な治療は抗甲状腺薬の内服です。甲状腺ホルモンの産生を抑え、甲状腺ホルモン値を低下させます。甲状腺ホルモン値の低下とともに、甲状腺機能亢進症による症状は軽減していきます。ただし、甲状腺ホルモン値が下がったからといって薬をやめてしまうと、すぐに再燃してしまうため、自己判断でやめずに内服を継続することが大切です。抗甲状腺薬は少なくとも2年程度は必要となることが多く、薬の減量・中止は慎重に行います。
抗甲状腺薬の副作用として、無顆粒球症、肝機能障害、薬疹などがあります。特に、無顆粒球症は注意しなければならない副作用です。白血球中の顆粒球が減少すると、免疫機能が落ちて感染症を起こしやすくなります。咽頭痛や発熱の症状で発症することが多く、症状が出た場合は直ちに薬をやめて医療機関を受診して下さい。放っておくと生命に関わる危険性があります。発症頻度は1000人に1〜2人と多くはありませんが、原則、抗甲状腺薬を開始して2週間後に血液検査を行い、副作用の有無を確認します。
アイソトープ治療
(放射性ヨウ素の内服)
甲状腺に特異的に作用する放射性ヨウ素を用いた治療法で、甲状腺を小さくしてホルモンの産生を抑えます。効果は確実で、再発リスクも低いです。ただし、18歳以下の方、妊娠中、授乳期の方には適用できません。また、治療後は甲状腺機能が低下するため、甲状腺ホルモンの補充が必要になります。稀に目の症状が悪化することがあります。アイソトープ治療は、薬物療法の効果が乏しい場合や薬による副作用が強い方などに検討されます。放射線を使用するため、実施できる施設は限られています。
手術療法
甲状腺が大きい場合や甲状腺腫瘍を合併している場合、薬物療法による副作用がある場合、または定期的な通院が困難な場合などに手術が検討されます。手術の場合、治療効果は早期に得られますが、入院が必要であり、手術に伴う合併症のリスクや傷跡が残るなどデメリットもあります。
当院では薬物療法を提供しており、アイソトープ治療や手術が必要な場合は、連携する高度医療機関への紹介を行っています。
橋本病(慢性甲状腺炎)
橋本病は、慢性甲状腺炎とも呼ばれ、甲状腺機能低下症の主な原因として知られています。若年から中高年の女性に多くみられ、男性に比べて発症率が20倍以上とされています。
原因
自己免疫の異常で自己抗体により甲状腺の細胞が攻撃され、その結果、甲状腺ホルモンの分泌が減少し、甲状腺機能低下症となります。ただし、橋本病の全ての方が甲状腺機能低下症になるわけではありません。
症状
橋本病では、甲状腺が腫れて大きくなることが多いです。甲状腺機能が正常の橋本病では症状は現れませんが、甲状腺ホルモンが不足すると下記のような症状が現れます。
甲状腺のホルモンが少ない場合に
起こる主な症状
- 疲労感
- 意欲の低下
- 体重増加
- 記憶力の低下
- 脈が遅くなる
- 発汗が少ない
- 皮膚の乾燥
- 筋力の低下
- 声のかすれ
- 寒がり
- 手足の冷え
- 便秘
- 日中の眠気
- 低体温
- 脱毛、眉毛が抜け落ちる
- むくみ
- 首の腫れ
- 月経異常
- 不妊
診断
血液検査や超音波検査により診断が可能です。血液検査では、甲状腺ホルモンの低下や抗サイログロブリン抗体(抗Tg抗体)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)を測定します。超音波検査では甲状腺の腫大や性状、腫瘤がないかなどをチェックします。
治療
橋本病は無症状の段階で発見されることもあり、甲状腺機能が正常であれば治療は不要です。甲状腺機能低下症がある場合は、甲状腺ホルモン剤を補充します。また、海藻類の食べ過ぎやイソジンのうがい薬でヨウ素を摂りすぎると、甲状腺機能低下症になることがあります。その場合はやめると正常に戻ります。
無痛性甲状腺炎
無痛性甲状腺炎は、何らかの原因により甲状腺の細胞が破壊され、甲状腺内の甲状腺ホルモンが漏れ出し、甲状腺中毒症を引き起こします。その後、一時的に甲状腺機能低下症となりますが、多くは数ヶ月で正常化します。まれに甲状腺機能低下症が続き、甲状腺ホルモン剤の内服が必要になる方もいます。
亜急性甲状腺炎とは似ているようで異なり、痛みを伴わないのが特徴です。橋本病との合併が多くみられ、出産後の発症も珍しくありません。
原因
自己免疫反応が関与していると考えられています。橋本病(慢性甲状腺炎)との合併が多く、出産後に発症することもあります。
症状
病初期は、動悸、体重減少、のぼせ、ほてりなど、甲状腺ホルモンの過剰分泌に関連する症状が現れます。頸部の痛みは伴わないのが特徴です。産後の発症では産後うつと誤解されることもありますので、辛い症状があればご相談ください。
診断
特徴的な症状の確認、血液検査、超音波検査を通じて診断されます。バセドウ病とは異なり、抗TSH受容体抗体(TRAb)は陰性です。
治療
通常は自然に軽快しますが、まれに甲状腺機能低下症が永続的に続き、甲状腺ホルモン剤の内服が必要になることがあります。また、動機など辛い症状がある場合は、適切な治療により症状を軽減できます。
亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎は、甲状腺細胞の破壊により、蓄えられた甲状腺ホルモンが血中に漏れ出し、一時的な甲状腺中毒症を引き起こします。甲状腺に炎症が起こるため、甲状腺が硬く腫れ、痛みや発熱を伴います。腫れ、痛みは甲状腺の片側から他側へ移動するのが特徴的です。30〜40代の女性に好発します。
原因
ウイルス感染が原因とされていますが、詳細な原因はまだ明らかになっていません。
症状
甲状腺の硬い腫れ、痛み、発熱が特徴です。腫れ、痛みの場所は時間と共に移動します。また、甲状腺機能亢進症による動機や息切れなどの症状も出ます。甲状腺機能亢進症の症状は通常1~2ヶ月で改善し、その後甲状腺機能低下症の期間を経て、数ヶ月後には甲状腺機能が正常に戻ります。まれに甲状腺機能低下症が続き、甲状腺ホルモン剤の内服が必要になる方もいます。
診断
特徴的な症状の確認、血液検査、超音波検査を通じて診断されます。血液検査では甲状腺ホルモンの値や炎症マーカーを調べ、超音波検査では甲状腺の腫大や特徴的な初見を確認します。
治療
軽症例では自然に軽快することもありますが、発熱や痛みなどの症状が強い場合は、抗炎症薬を処方します。症状の程度によって、ステロイド薬か非ステロイド性抗炎症薬を選択します。
甲状腺結節(甲状腺のしこり)
甲状腺結節のほとんどは良性です。良性の結節には、濾胞腺腫、腺腫様甲状腺腫、のう胞などが含まれます。悪性腫瘍には、乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、未分化がん、悪性リンパ腫などがありますが、ほとんどの場合が進行の遅い乳頭癌であり、手術で治療が可能です。
原因
はっきりとした原因は解明されていませんが、若年時の放射線への曝露などがリスク要因とされています。また、甲状腺がんの一部は遺伝子の異常が関与しています。
症状
ほとんどの場合、甲状腺機能は正常であり症状はありません。ただし、結節が大きくなると、首の腫れ、喉の違和感、飲み込みにくさ、声のかすれなどを自覚することがあります。
検査
血液検査を行い、甲状腺機能や必要に応じて腫瘍マーカーなどを測定します。超音波検査によって結節のサイズや性状を調べます。結節が良性か悪性かを判断するために、超音波を用いたガイド下での細胞診が必要になることがあります。さらに、CTやMRIを使用して周囲の臓器への影響を調べることもあります。
治療
良性の腫瘍の場合は、基本的には治療をせず、半年~1年ごとに定期検査で経過観察します。
経過観察中に変化がみられた場合は、追加の検査や治療が必要となることもあります。
腫瘍が悪性であると判断された場合は、基本的には手術治療となります。
甲状腺と妊娠
明らかな甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症がある場合は、不妊や流産・早産の原因となることがあります。妊娠を希望される方は、適切な治療で甲状腺機能を正常化することが大切です。また、潜在性甲状腺機能低下症(ごく軽度の甲状腺機能低下症)がある場合も流早産との関連が指摘されています。不妊症の検査で甲状腺機能異常を指摘された場合は、その程度にもよりますが、甲状腺ホルモンの補充が検討されます。妊娠を希望されていて甲状腺機能異常のある方は当院へご相談ください。